2013年4月22日月曜日

104歳おめでとう

武蔵新城を空腹時に通過することになったため、一度行きたいと思っていた越南料理店に寄った。もとは極小町工場かラーメン店だったかと思えるようなガラス戸が出入り口の小さな店に入ると、客は2歳くらいの男の子をつれたお父さんだけで、一緒にランチセットらしいトレイに載った食事を仲良く食べている。座ったカウンターの目の前に並べてあるボトルは読めない文字のアルコール飲料でなんだかわからない。料理の写真付きのメニューから鶏肉入りフォーを選んだ。ただのフォーにしてはゆっくりだなと思える時間がかかってお料理がでてきたが、見てくれはなかなか結構である。パクチーの好き嫌いを最初に訊かれ、普通に食べる旨伝えてあったので中央にパクチーの小山ができている。添
えられていたレモンをしっかり搾ってから食べたけれど、店構えに似合わず上品な味でなかなかいける。かなりのボリュームだったけれど、完食。帰ろうとしたら、デザートのライチのシロップ漬けが出てきた。
満足してクルマにもどり、一路北上して馬橋に向かう。45年ぶりのこの季節の寒さのせいか中原街道・首都高・水戸街道はがら空きで、予定の2時過ぎにホームに到着した。さっそく、少し前に到着していた兄と姉とホームのスタッフとともに、母を中央に記念撮影。今日が104歳の誕生日の母は、この施設ではもちろん最年長で、おかげでスタッフの皆さんもとても大切にしてくれている。もちろん、入所当初はスタッフの扱いも配慮がいまひとつで、手足にヘンな打撲痕があったりして、当家としても注文をつけざるを得ないこともあったが、数年前に胃瘻を設置したころからは取り扱いも慣れ、アクシデントはほとんどない。一方、母の病状というか状況というかは、残念ながら少しずつ確実に衰えてきているのは確かで、胃瘻からの栄養供給のパワーを持ってしても、寄る年波には勝てない、と言う言葉がすんなりと受け入れられてしまう昨今である。
いつの間にか寝入った母を残し、スタッフに挨拶をして松戸に戻った。母が愛したモッコウバラが満開であった。
 

2013年4月13日土曜日

第110回内科学会講演会から勝鬨かねますへ

今年の内科学会講演会が東京国際フォーラムで開催されたので、内科全般の最新知識をゲットしようと、勇んで会場に赴いた。土曜の午前中は会場もあまり混まず、巨大講演会場も3-4割の入りといったところか。もっとも、シンポのテーマが「幹細胞異常と内科系疾患」という、ホットではあるが難しそうなものだったせいもあるかも知れない。案の定、遺伝子用語が溢れる如くに用いられて、興味深くはあるけれどものすごく難解で、時々記憶が飛んでしまった。しかし、多くの疾患の研究が内科のどの分野でも細胞遺伝子レベルに進み、成果が上がっていそうなことを知って、結構興奮する2時間ではあった。地区医師会の講演会のクロージングリマークでしばしば使われる「明日からの日常診療に役立つご講演をありがとうございました」というセリフは使いづらいけれど、世の中の進歩と頭の中の知識のかい離を実感した2時間でもあった。一方、招請講演、教育講演は多少わかりやすい解説がはいっており、ホッとすることができた。昼休みに会場で配られたサンドイッチとペットボトルで空腹をしのぎ、ICカードで認定登録を済ませた後はフォーラムをさようなら。銀座に向けて歩く途中、コーヒーを飲みたくなったのでEAビル5Fのカード会社ラウンジに寄ってカプセルコーヒーを飲む。ちょっと前、さらに上階のイタリアンで食べる前に寄ったときはがら空きだったけれど、今日はほぼ満席なのに驚いた。客の年齢層も若く、サラリーマンらしくはない連中がiPadいじったり、雑誌読んだりしている。
銀座4丁目のデパートで買い物の後は晴海通りを東に向かう。途中の歩道は大混雑だったけれど、歌舞伎座が近づくにつれて和服を粋に着こなした男女が増えてきた。新しい歌舞伎座は連日満員御礼だと聞くが、一幕見席入口にも人が並び、何とも華やかな粋な風景であった。
今日の最後の目的地の勝鬨に向かう。東銀座を過ぎて隅田川に向かうとビルの間を吹く風は冷たく、土曜日の午後だけあって築地の場内場外もそれほど混み合ってはいない。本願寺を通り過ぎ、ドラマで人が刺されたり刑事が必ずいる川沿いの遊歩道を下に見て渡り終わって数百メートルのところに突然の20人ほどの人の列があった。4時直前に到着したけれど、すでに暖簾が出ているところを見ると、もう開店して客が入っているみたいだ。いやな予感。でも、仕方ないので列の最後尾に並んで待った。ただただ待った。夕方になって気温は下がり、高層ビルの間を吹く風はますます寒い。10分から15分に一組ずつ、一杯入って満足そうな赤い顔して客が店をでると、同人数が入れる仕組みである。10人くらい前の大学生風の6人組は結局3つに分かれて別々に入店していった。前が2組になったところで、空腹感強くなりすぎて近くのセブンイレブンでチーズケーキを買ってきて食べた。とてもおいしい。後のカップルはやはりコンビニでホッカイロを買って使っていた。ということで1時間半待った挙句ようやく入店を許された。
店内はカウンターのみで、椅子を置けば10人は入れるかどうかの広さに20人ほどが入って飲み食いをしている。椅子があるのかどうか混んでいてよく見えない。多分ないんだろう。メニューはB4くらいの黒板に達筆で書かれただけで、よく読めないところも多く、半分はあてずっぽうでオーダーした。アルコールはヱビス黒とハイボールと冷酒と熱燗各一種類。だから選ぶのに迷うこともあまりなく、頼みまくって待つ。この待ち時間は実に短く、あっという間に料理も酒も手元に出てくるのがグッドである。最初は生うにの牛肉巻。間にシソを巻き込んである。食材の不思議な組み合わせと思うし、健康的には結構ダメと思うが、実に美味しく一気に食べてしまった。栄養素的にはさみしいランチと明日の食事で帳尻を合わせようと勝手に計算を終了した。次に出てきたオコゼの刺身も、さすが築地が近いだけあってか新鮮で歯ごたえがあり堪能した。蒸しアワビに次いで筍の焼き物もホクホクしながら食べる。牛肉の煮込みを食べ終えるころには結構満腹感あり、アルコールも3杯入ったところでお会計は1人当たり5000円わずかに切った額というのは、待たされ時間と店内の立ち席という減点があっても安いと言って良さそうである。

2013年4月10日水曜日

審査協議会

区の感染症審査協議会の25年度が始まった。委員はその筋の大御所Y先生を会長とし、赤ワインのN先生、千代田区側からはM(株)診療所長のスポーツY先生、人権擁護委員のTさんというそうそうたるメンバーで、末席を汚す僕としてはただただ粗相の無いように努めている。今日は年度の初めということで保健所長のご挨拶と委嘱状をいただいたが、所長についてはあっと驚く新所長という具合で、新任であった。前所長におかれてはずいぶんと早い交代で、委員一同唖然として新所長のご挨拶を聴いていた。早い交代の理由を知る由もないが、そこら辺の人事がどうであろうと、保健所の仕事はスムーズに動いているように見える。おそらく、直接現場で働く方々の何割かが、路線の定まった仕事を淡々と、かつ確実にこなしているのだろう。協議会に出席している保健所スタッフを見ているとそう思う。

2013年4月8日月曜日

そこまでやるか

母校の病院の医療連携室と病院情報システム部のスタッフにおいで頂き、医療連携ネットワークを当院と病院との間で構築する打ち合わせをした。同期の病院長との雑談から生まれた話だが、ちょっと面白そうなので参加することにした。患者を紹介した場合、一昔前は旧来の大学病院そのものと言っていい返事の悪さに嫌気がさしかけていたのだけれど、最近は結構レスポンスが良くなって紹介しやすくなってきているとは思う。しかし、これから構築するシステムは、実現すれば大学病院外来の予約を当院PC上でおこなえ、紹介状を添付し、診療が大学病院で進めば、その進捗状況や画像診断データそのものを、こちらから見に行けるという機能をもつとのことである。本当なら相当の優れものだろう。他の病院にとっては脅威だとも思う。緊急での入院や診療要請には相変わらず応えてくれないところではあるが、それ以外の状況下の疾患なら利用させて頂きたいと思ってしまう。

2013年4月5日金曜日

新宿飲み会

ウイスキー会社系列の居酒屋がこちらにもあるとは知らなかった新宿東南口から歩いて一分の集合ビル。ほかの階の店には大学時代時々訪れていたが、この系列店のことは気にも留めていなかったので今日初めて知った。西口の同系列店と同様、こぎれいな内装と量が少なくヘルシーでまあまあ美味しいお料理だった。集まった10人の多くはアスリートか元アスリートの面々。スポーツの健全性を保つために、文字通り日夜汗水流して働いているのには頭が下がる。生ビールから八海山へとアルコールが進み、その後は飲み過ぎてよく覚えていないけれど、いろんな話題で盛り上がり、あっという間に時間が過ぎた。皆さん底抜けに明るいのがサイコ-。

2013年3月31日日曜日

日吉 松の川緑道と協生館

久し振りに日吉の協生館を訪れた。前回はなんと天皇皇后両陛下がおいでになり、お話を賜った数年前のことで、その日は今日以上に寒くしかも小雨交じりで、競技場全体に作られた仮設席に座ったはいいが寒くて寒くて、配られたホカロンと膝掛けと合羽で寒さをしのぎながら暖かいお言葉を聴いたことを懐かしく思い出した。今日の日吉は新年度の入学式の準備の張り紙・立て看があちこちに準備されているが、人はまばらである。協生館で開いているのもローソン、タリーズそしてHUBイングリッシュバーくらいであったので、当然のことながらバーでfish and chipsを肴に生ビールをドリンクした。地下の競泳プールと陸上競技場では部員がしっかり練習していた。それを横目に、東横線日吉駅に向かって信号を渡る。駅を抜け、1-2週間後には新入生コンパで商店街の飲み屋なんかは大繁盛だろうと思いながら、大昔あったウインザーやスイス、タンポポなんかを思い出しつつ、今日は浜銀通りを降りることにした。ほぼ下りきったところの未舗装の細い道を左折する。松の川緑道である。バス通りの手前約100メートルを、それとほぼ並行して、崖際を曲がりくねりながら伸びる細道は、崖側には様々な植物が生い茂り枝葉を頭上に伸ばしている。崖の反対側は住宅と駐車場と大学の運動場が並んでいるが、その雑然さはハンパではなく、猫屋敷ありゴミ屋敷らしい建物あり、駐車場のフェンスには所々穴が開いて通路となっていたり、かというと、鎌倉街道と書いた立派な石柱が道の端にあり、歩いていて飽きることがない。下田の方に行くと、慶應のラグビー場、ホッケー場、野球場がならび、どこでも部員が練習を続けている。金網越しに眺めながらそこからは緑道を離れ、下田の丘の斜面に立ち並ぶ住宅の間の細道を歩いたが、このあたり平地といえる場所がなく、高齢化社会には辛い場所だと思う。そのためかどうかわからないが、売り物件、空き家が数カ所あった。

2013年3月12日火曜日

気にくわないんですかと言われても・・・

インフルエンザ流行も収束した今日この頃、残った花粉症と感染性胃腸炎の山を見終わってやれやれ、と言う時に電話がかかってきた。某大企業の地域情報サイトの何とかの何とかさんとお名乗りになった。ずっと昔に、某通信大企業の名前を冠に関連の会社の社員らしい人が訪ねてきて、電話回線の乗り換えだかなんだかを勧められた時を思い出した。小一時間の説明を受けてもよくわからず、契約書に名前は書いたけれど、押印しないよ、と言ったら、あからさまにがっかりした顔をしてお帰りになった。その人は、がっかりしただけで何も言わなかったけれど、心の中は煮えくりかえっていたのだと思う。大事な時間を無駄遣いさせやがってと。でも、それはこっちのセリフだ。仕事が終わって疲れている時にアポなしで来院して訳のわからないものを押しつけて買わせる行為は、売りつけられようとするこちらにとってはいい迷惑以外の何物でもない。結局は大会社本体とは組織的に関係のない小企業の方々の苦労は察するが、それにつきあわされてはたまらない。電話を受けた途端に、この過去の記憶がよみがえった。ちょっと意地悪く、大企業本社の方ですかと尋ねたら、違います、何とかですと割と素直におっしゃったので少しお付き合いすることにした。結局、大企業作成のその地域情報サイトに載っている医院の基本情報だけでなく、それ以外の情報を有料で追加しませんか、ということらしい。おまけに、来週の水曜か木曜の夕方会いませんかと、時刻までご指定である。幸い、当院の知名度は地域では少しずつではあるがアップしていそうなので、ウチは基本情報だけで結構です、と申し上げたら次のセリフが「気にくわないんですか?」。これにはびっくりした。例えはヘンかもしれないが、食べ物だって、好きなもの、嫌いなものに加えて、それほど好きでも嫌いでもない、いわばどちらとしても良いもの、があるじゃないか。地域情報サイトなんて星の数ほどある。もちろん立派な企業の作ったサイトだからサイトとしての完成度成長性はしっかりあるのだと思う。でもこちらがほしくないのだから、食べ物でいえば好きでも嫌いでもないもの、たとえば僕にとっては塩昆布みたいなものだ。ということで、気にくわないわけじゃなくて要らないんです、と申し上げたが、納得していただけない。とにかく、このままで良いですよ、とお話しして電話を切った。自分の会社をよっぽど愛しているんだろうが、もうちょっと相手のことを考えてよ。