2011年12月31日土曜日

蟹パーティ

息子夫婦と新宿高島屋地下食料品売り場に集合して、夕食の食材を買いあさった。と言っても、3人の意見が一致したのは蟹とサラダだったから、タラバと毛ガニとお刺身盛り合わせ、お吸い物の具のハマグリと野菜もろもろという、ヘルシーこの上ない材料が集まった。我が家の食事の場合、アルコール飲料の比率が大きくなるので、材料はこんなもんで充分だ。帰宅して、早速嫁さんが調理スタート。缶ビールをシンク脇に置いてと言うのが勇ましい。サラダはきわめてシンプルでレタス・タマネギ・トマト、ドレッシングはoil & vinegarの組み合わせ。後でご飯とお吸い物だから、vinegarはMailleの酸味を生かし、Chardonnayベースのやや甘口Forvmは不採用になった。お食事は紅白とほぼ同時にスタートし、ヱビスビールから始まって鹿児島「匠の華」のお湯割りが巡航速度のアルコール飲料である。予想していたとはいえ、きずな、がんばろう、ニッポンが並ぶ紅白歌合戦と、よくもここまで何も考えていない風の内容に終始する裏番組の並列は、選択の自由が保証されているテレビ番組だから許されるのだろうけれど、テレビを見ず、スマホかインターネットで見たいものを見る、あるいは感じるものを感じる、そういう層の存在を増やすことになるのだろう。それはさておき、美味しいサラダ、刺身、蟹、お吸い物と新潟特選コシヒカリのコースの最後のデザートは、だじゃれではなくめでたい紅白のイチゴとチョコレートだった。あと1時間で2012年が始まる。A happy new year。

Infernal affairs

以前からぶっ続けで見たいと思っていたInfernal affairs 3部作をようやく見終わった。さすが香港映画の傑作と言われ、ハリウッドでリメイク(Departed)が作られただけあって、久しぶりの堪能感である。第一部の最後では、潜入警察官のYanが死んで香港マフィアから警察に潜入したLauが生き残ってのうのうとしているという、フィルムノワール万歳的な終わり方をして、正義派としては納得いかない終幕だったが、第二部さらに第三部に進むに従って、生きていりゃいいと言う訳ではないんだよ、そっちの方がよっぽど辛いんだよ、というコンセプトがじわじわ感じられるようになってきた。ストーリーの時系列が輻輳してわかりにくいときがあるのと、最後のほうでのLauのパニクり方が慌ただしすぎる印象はあったが、とにかく面白かった。Negresco (Itarian red wine)の3/5ほど飲んだころに第三部終幕。精神科医Dr.Leeを演じるKelly Chenが美しい。

2011年12月29日木曜日

農道走行

AGCからの帰り道で柏ICまでの抜け道を教えてもらった。AM(英)とMBSLK(独)の後について行き、大型車絶対通行禁止のために建てられたのだろう太い鉄柱の間をそぉっとすり抜けてまっすぐな農道を利根川沿いにひた走る。AMが通れたのだからマイカーは当然ゆとりで通れたのだけれど、その先の農道は当然ガードレールもなく、夜は結構危険だと思う。ナビで見ると拡大してようやく道があることがわかるものの、広域だと何もないところを走っているみたいだ。途中混雑なしでIC近くの16号?にでた。でも、もう一回一人で走れと言われてもまだわからない。

2011年12月28日水曜日

打ち上げ

内視鏡のお仕事がなかったので、1年のうち最初で最後の本日1回だけ午前中の内科外来をやったところが、年内最後の診療日とあってか、結構混雑した。多くは風邪と胃腸炎だったが、もしこれを心療内科の先生の予約の合間にお願いしていたらえらいことになっていたと思う。何とか終わらせて、午後はみんなで打ち上げパーティだ。総勢12名(うち赤ちゃん1名)が狭いスタッフルームに集まって、ケータリングのお寿司、パエリヤ、和風おつまみ、などなどをつまみつつ、わいわいがやがや。ドンペリで乾杯したあとのお酒はスーパードライ、ポメリー、都農ワインの赤スパークリング(辛口で結構いける)、〆張鶴大吟醸、生酒。1年間お疲れ様でした。

2011年12月27日火曜日

大腸内視鏡

今年の内視鏡のトリは今日の大腸内視鏡ということになった。各週でお願いしていた名人が産休育休で夏前からお休みになったために、仕方なく自分自身で外来の合間を縫って月数例やってきたが、驚いたことに、上手くなってきた! 盲腸までの到達時間が、多少の波はもちろんあるけれども確実に少しずつ短縮してきている。消化器内科を標榜しているし、いろいろ専門医資格も持っているので、消化器病の診断ツールは一通り備えて出来るように、というコンセプトで仕事を始めてここまできたが、正直言って大腸内視鏡はどなたかにやっていただいて、こちらはその間何人もの患者さんを診るのがいいだろうと思ってはいた。自分でしなければならない状況に追い込まれた今、その時間帯には患者予約をなるべく入れないようにするなどの工夫をして、なんとかやっているが、ひょっとして、もっと経験を重ねればもっと上手くなるのかな?いい年こいてがんばってみるのも良いのかもしれない。もちろんボケ防止のためだ。

2011年12月25日日曜日

LED

家の中の照明を少しずつLEDに変えている。今日は居間の40ワットランプを450lmの斜め取り付け型LED照明に変え、日本間の灯りをコジマデンキで安売りしていた、あと残5個の天井取り付け型照明をゲットして取り付けた。LED照明の商品をみていると、最初は真下しか照らせず照度も大したことないものがほとんどだったが、すぐに全光束と照度が増した商品が出始め、さらに真下だけでなく周囲にも光が行くように設計されたのが出てきた。同じ頃に斜め取り付け型が登場した。居間の8個ある小型電球のうち4個は斜めに取り付けてあるために、斜め取り付け型電球でないとお話にならなかったが、この斜め取り付け型はなかなか優れもので、これでもって真下の照度が格段に増えた。最近急に出始めた居間の天井取り付け型もまたよく考えてあるみたいで、リモコンスイッチで白色調から昼光色調に無段階で可変である。中を見るとLEDが何十個か光っている。光が部屋全体に行き渡るようになっているのはカバーの性能によるらしい。薄い造りなのでヘッドクリアランスが広くとれて狭い部屋が少し広くなる。LEDの性能向上と単価の下落はすごいので、これからもいろいろな製品が出てきそうだ。たとえばミラーボール型とか、プラネタリウム型とか、

2011年12月24日土曜日

わたすげの祈り


銀座の画廊で気に入って購入した絵が届いた。上海でも活動を活発化させている伊澤真弓画伯の最新作である。朝なのだろう、尾根の稜線の近くにしか陽の光が届いていない時に、わたすげの花がそこかしこに咲く湿原の景色が描かれている。中央に立つ鳥が咥えているピンクのリボンはわずかな風にたなびき、同色の球体が浮かぶ中空には、何だろう、ジャイロみたいな物体が浮かんでいる。季節は5月か6月か、新緑の緑から夏を前にした少し落ち着いた木々の緑は、早くも空を覆いつつある雲の下でそよ風ぐらいでは微動だにせず、地の滋養、田代の水の栄養、梅雨前後の大気のエネルギーを受け、更なる飛躍を待っているのだろう。白い鳥が咥えるリボンが導く地はどこか、球体が漂う先はどこか、ジャイロみたいな物体は何処を指し示す。尾根の上を飛翔する鳥たちはいまだに行き先を決めかねているようだ。

2011年12月20日火曜日

忘年会5

移動理事会と引き続いての忘年会が東京會舘のメンバーズクラブで格調高く行われた。総務殿厳選議題の検討のあと、饗されたお食事はさすが東京會舘だけあって優等生的正統派のフレンチで、おいしくいただいた。楽しく会話が弾む中で、料理もワインもあまり出しゃばっていないのがなんと言っても素晴らしい。フレンチを味わう会というわけではないのだから、これでちょうど良いのだと思う。皆様が場所に合ったコスチュームで出席されたのも、場の雰囲気を楽しくしていた。そのあとは有志で銀座のシェリーバーで軽く一杯ののち解散。

忘年会4


毎年恒例神保町新世界飯店期待上海蟹瓶出紹興酒美味満足大酔土産付大満足逆行健忘付。
【解説】
恒例の診療所忘年会は19日神保町の新世界飯店で上海蟹と瓶だし紹興酒を主目標にスタートした。今年はH先生が初めて参加してくれた。週前半は都内でお仕事、後半は茨城の自院でお仕事という忙しいお身体なので、一週間きついなと思いながらも月曜日に決定。瓶だし紹興酒の包丁入れは来年こそすっごくいいことがあるように期待をずっしり込めてYさんがよいしょっ。おいしい料理にからめての紹興酒は特に最初の上澄みは本当においしい。お料理が進み、話も進み、さらに飲むほどに酔うほどに楽しい3時間余が過ぎた。明日の朝はお土産の肉まんあんまんを楽しみに、というところでお開き。クルマの中で酔いが回り、今朝の記憶では、名誉院長を下ろしたところが完全に欠落していた。診療所でもYさんは白山通りを歩いたはずだけど、記憶なし。パートのS君も、どうやって家に帰ったかわからない。

2011年12月19日月曜日

一周忌

13人が出席しての法要はいつもの住職さんに代わって勤務25年のお坊さんが務めてくださり、他に2名の若手が脇を固めた。なかなか豪華な本堂に入るときに入り口の香炉をまたぎ、着席。読経はおごそかにすすみ、途中、参列者一同は自分を先頭に焼香し、再び着席してその後の歌謡曲風読経に聞き入った。ここのところはいつ聴いても心が落ち着く不思議な作用を持っている。南無阿弥陀仏の全員合唱が締めくくりだが、このときに叩く各人の前に置かれた木魚のリズムをお坊さんの木魚の音に合わせるのが意外と難しい。微妙にずれる。言葉のリズムと木魚のリズムが全く関係ないようなのが原因かも知れない。終えて本堂の外に出ると、12月中旬の冬の日差しはことさら穏やかで、風もなく、ほとんど葉の落ちた木々の中におわす大仏様の漆黒の姿が目立っている。墓に参ってのち、たん熊に移動しての昼食は、診療所の理事会の夜の豪華さはないが、上品な味付けの懐石コースであった。

2011年12月17日土曜日

忘年会3

新宿南口での、東京病院消化器内科チームの忘年会。今年はついにスポンサーなしの気楽な会になった。大学病院副院長、駅前大繁盛大忙し中型救急病院の消化器内科部長、開業5年~15年の元消化器病医、育休中のママ先生などなどが集まっての近況報告は、経営の悩み、子供の経過、孫の誕生など、立場と世代の重みしがらみを一杯背負っての他の場所では話せない情報交換だった。毎度のことながら、この会はかなり飲んでもほとんど酔わず、お互いの話を聞きながら自分の相対的な位置を知る良い機会だ。帰りのタクシーの中で、今度久兵衛でまた飲みましょうよという話になった。

2011年12月12日月曜日

D-9

中野先生との二重読影委員会を速攻で終わらせて、(坪井先生甘いミカンをありがとうございました)、急ぎ帰宅したのは、荷物を届ける日本郵便さんとの時間約束があったのと、昨日TSUTAYAで借りてきたDistrict 9 を観たかったからだ。何故かDVDとBDの二枚組という豪華さ?のレンタルディスクは、Blade runner と込みで1週間350円の安さである。それはそうと、遠く離れた異星からはるばるやってきた巨大なspaceshipに乗っていたのが海老に似たalienで、故障した船から降ろされて難民キャンプに収容されている暮らしぶりは、ロケが南アフリカのスラムで行われたそうだけれど、ひょっとしてこれはアパルトヘイトを意識して作ったのだと確信できるほどの映画になっている。美術的、画像的にはindependence day、transformers、あたりを彷彿とさせるが、alienはpredator的な造りにも見える。血しぶきシーンもかなりあり、この映画は日本ではきっと流行らなかったろうな。

2011年12月8日木曜日

胃びらん、忘年会2


上部消化管内視鏡を受けた。術者は東海大学の講師で今一番安心していろいろなことをまかせられる人物である。スコープ先端が胃に入って送気して胃を膨らませての観察で一言、「先生、荒れてますね」。思わず見上げてモニターを見ると、確かに胃体部のfold上に発赤、浮腫、びらんが明らかだ。これに疼痛が加われば炎症の必要条件がすべてそろう。実は昨日のお昼は、今週末で産休の巣ごもりに入るミズTのリクエストで、診療所から下り坂を歩いて4,5分のエチオピアのカレーのテイクアウトランチをみんなで楽しんだのだった。立場上、(なんのこっちゃ?)、みんなより遙かに倍率が高い10倍豆カレーをオーダーし、スタッフの羨望のまなざしを浴びながら(エチオピアのカレーは辛さ倍率が高いほど絶対的に偉いのだ。疑うのなら、実際にお店に行って3倍か5杯のカレーを注文して静かにジャズを聴いていて隣の客が70倍!と言う注文を出したときの店の雰囲気と自分の至らなさを味わうと良い)、辛いそぶりを多少隠しながら食べたのだった。そして、その前日は忘年会1での四川家庭料理と紹興酒ロックで胃粘膜攻撃の前哨戦を果たしていたから、こんなものかと、妙な具合の納得感。そういえば、今朝の空腹感の強さはいつもの朝とは異なる次元だった。あれは、胃液が傷んだ胃粘膜を消化している勝利の雄叫びだったのかもしれない。
今夜の中華料理の忘年会は、誠に上品でおいしいビュフェだった。数年前、着席で同じ店での料理が超貧弱粗悪だったのと比べると、雲泥の差である。素晴らしかったのは、今までは何となく静かな雰囲気のこの会が、今までになく賑やかで、とくに、医師会理事ではない方々の、いろいろな楽しい話を聞くことができた点だ。

2011年12月7日水曜日

忘年会1

本郷の四川料理店での忘年会。オフィスから10分の距離にあるので雨の中歩いてしまった。MRさんたちが片隅に追いやられてちょっとかわいそうだったけれど、全体としてはとても楽しい会になった。BMの仕切りのもと、指定された席に着いて四方山話が始まり、さらに、四川地方の家庭料理というものが出てくると、ある会員は頭頂から汗が噴き出てスーツの襟をぬらし、他の会員は、辛い料理と辛さはそれほどでもない料理と水と紹興酒を辛さ除けにとっかえひっかえでたいへんだ。年間の成績に関しては、上位の方々がそれぞれ順調にご自身の地位を固めており、どじょうの私としては、別世界の出来事を山椒と唐辛子の刺激ガス越しに眺めていた。途中間近の交差点での衝突事故も刺激になってなかだれもせず、一番偉かった人の一本締めで中締めになった。